12日の全日空機緊急着陸と「日航機墜落事故」の日時・航路が完全一致 霊能者「犠牲者の霊が守ってくれた」、インチ^^^

1 :ニライカナイφ ★:2017/08/14(月) 19:09:54.53 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/7OnOOP7.jpg 今月12日、羽田空港から大阪・伊丹空港に向かっていた全日空37便が、機体トラブルのため、羽田空港に引き返した。
270人余りの乗客乗員は無事だったが、この事故に関してオカルト界では恐ろしい噂が流れている。
なんと、ちょうど32年前に起こった日本最大の航空事故と異常なまでにシンクロしていたというのだ!

■日時、目的地、墜落時刻…「日本航空123便墜落事故」との一致

日本最大の航空事故とはもちろん、1985年8月12日、群馬県・御巣鷹の尾根に墜落し、乗員乗客524名のうち520名が死亡した「日本航空123便墜落事故」である。
奇しくも今回の事故と同日に起こっているが、シンクロしているのは日付だけでない。出発時刻、目的地、事故発生時刻から着陸・墜落時刻までピタリと一致していたのだ。

具体的に見ていこう。
両機とも、8月12日18:00に伊丹空港へ向け、羽田空港を出発。6時半ごろ、相模湾上空で与圧系統に異常が発生。
18:55頃、日本航空123便は墜落、全日空37便は緊急着陸した……。
如何だろうか? 偶然と言うにはあまりにも出来すぎた一致ではないだろうか?

日本航空123便
・1985年8月12日
・羽田〜伊丹
・18時24分緊急事態発生
・18時56分墜落

全日空37便
・2017年8月12日 
・羽田〜伊丹
・18時30分ごろ緊急事態発生
・18時50分ごろ緊急着陸

トカナが折に触れて指摘してきたように、とても偶然の一言では片付けられない負のシンクロニシティは確実に存在する。
今回の一件でも明らかになったように、オカルト現象をばかにすることはあなたの命を脅かすことにつながるだろう。
因果的に何の関係もないはずの遠く離れた2つの現象が一致、死を招く「ダーク・シンクロニシティ」が今回の事故の背後にあったことはほぼ間違いないはずだ。

■日本航空123便の犠牲者が乗客を守った

ただ、今回の事故には日本航空123便の事故とは決定的に異なる点が2つある。“事故発生後の旋回方向”と“死者の有無”だ。
まず旋回方向に関しては、日本航空123便が事故発生後に右旋回を選んだことに対し、全日空37便は左旋回を選択した。
これは憶測でしかないが、もしかしたら全日空37便の機長は、日本航空123便が選択した右旋回を“不吉”と判断したのかもしれない。
また、現代を生きる魔女であり日本のサイキック、深月ユリア氏は、死者が出なかった背景には、機長の判断以上に“霊的な理由”があったと指摘する。

編集部 今回のトラブルと32年前の奇妙な一致が話題です。

深月ユリア(以下、深月) シンクロニシティは偶然ではありません。サイキックはこのような出来事を必然であると考えます。恐ろしい負の連鎖「ダーク・シンクロニシティ」は確かに存在します。

編集部 しかし、今回は幸いにも事故につながることはなかった。

深月 トラブルの原因は技術的なものとされていますが、それだけで済ませることはできません。「二度と同じ悲劇を繰り返してはならない」という大きな力に守られた可能性はあると思う。

編集部 それは32年前に亡くなった人々ということですか?

深月 その可能性はあります。事故から長い年月が経ち、一部の遺族が風化を防ぐために木の銘標を石碑に替えたというニュースも報じられました。木を石に変えた事それ自体がプラスに働いたどうかはわかりませんが、「今もこれほど人々が私たち(犠牲者)のことを考えてくれているんだ」と、犠牲者たちの霊が感じ取り、守ってくれたのかもしれないですね。

編集部 恐ろしい負の連鎖を断ち切るために、犠牲者の御霊が力を貸してくれた……!

深月 99%の霊は悪いことをしません。人間をまもってくれる存在なのです。よく自殺スポットで、背中を押されたり、叩かれたという話がありますが、あれは危害を加えようとしているのではなく、人々を現実世界に引き戻そうとしてくれているだけなんです。つまり、彼らはなんらかの警告やメッセージを発してくれているのです。むやみに怖がってはいけません。

編集部 32年前の事件に関しては、さまざまな陰謀もささやかれていますが、今回のトラブルを機に、飛行機事故を繰り返さないという誓いを新たにすることが、犠牲者の思いに報いる一番の方法ということですね。

http://tocana.jp/images/nh37_01.jpg

※続きます
http://tocana.jp/2017/08/post_14149_entry.html

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「羽田でせがまれたコーラ飲ませてよかった」 小6次男しのぶ両親、ナスとキ^^^

1 :紅あずま ★ :2017/08/13(日) 09:57:27.95 ID:CAP_USER9

https://i1.wp.com/i.imgur.com/djPcWAM.jpg 「羽田でせがまれたコーラ飲ませてよかった」 日航機墜落32年 小6次男しのぶ両親
東京新聞:2017年8月13日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/CK2017081302000113.html

赤いパーカが掛けられた次男裕史君の墓標を見つめる滝下政則さんと史代さん夫妻=12日午後、群馬県上野村で
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/images/PK2017081302100040_size0.jpg

 野球に熱中していた小学6年の次男が日航機墜落事故で亡くなってから32年。
東京都大田区の滝下政則さん(77)と史代さん(74)夫妻は、体の衰えを感じながら現場の「御巣鷹(おすたか)の尾根」(群馬県上野村)に登り続けている。
「夏になると(次男が)山に戻って待っているから」。
12日も墓標への道を一歩ずつ進んだ。 

 三人きょうだいの末っ子だった次男裕史(ひろし)君=当時(11)=は負けず嫌いで目立ちたがり屋。
プロ野球巨人のファンで毎晩、政則さんと一緒にバットを振った。
身長は一四〇センチに満たなかったが、学校のチームで正捕手の座をつかみ取った。

 一九八五年八月十二日。あの日も試合があり、勝って帰宅すると兵庫の親戚宅に一人で行きたいと訴えた。
「度胸があるところを見せたかったのでしょう」と政則さん。急いで航空券を予約した。

 羽田空港のロビーでコーラ飲料をせがまれた。スポーツに炭酸は厳禁と思って飲ませていなかったが、この日ばかりは許した。
「おいしいね」と笑顔の裕史君。小さな体にリュックを背負い「行ってきます」と声を弾ませてゲートに向かった。

 事故機に乗せた後悔は消えない。でも政則さんは「あの時に飲ませてあげてよかった」と思う。

 事故後、遺体が見つかった尾根の墓標近くに柱を立て、裕史君が好きな赤いパーカをかけてきた。
今は大人用に替え、手向けるジュースも成人したはずの年に缶ビールとつまみにした。政則さんの禁煙に合わせ、たばこは供えるのをやめた。

日航ジャンボ機墜落事故で亡くなった滝下裕史君

 だが、脳裏に焼き付いているのは十一歳のかわいい次男のまま。
生きていればどんな表情をし、どんな家庭を築いているだろうか−。史代さんは「大人になった姿を見てみたいです」とつぶやく。

 御巣鷹の尾根には例年、春と八月十二日、秋の計三回登ってきた。
約五年前に政則さんが脳梗塞を患ってからは年二回に。今年はこの日だけだ。

 夫妻はつえを持ち、手すりを頼って少しずつ尾根を歩いた。
墓標の前にやって来ると、柱の赤いパーカを新しいものに替え、手を合わせてじっと目を閉じる。
「心の中で『来たよ』と話しました」と政則さん。こう語り掛けると、帰る時は息子が一緒にいる気がする。

 だから、回数が減っても慰霊登山をやめるつもりはない。体が続く限り、そばに行きたい。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201708/images/PK2017081302100041_size0.jpg

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